『ハローくんのダンスホール探訪』        

繪・北村ただし  文・臼井喜之介   


  

 「夕刊京都」に誕生して五百回餘り、内氣で、ナイーブで、正直で、フェミニストのハローくんが時つ世の勢いで、ダンスホールを見學することになりました。もし芥川龍之介がスキーとダンスを知っていたら、彼は自殺せなかったであろう、とハローくんに入智慧したので、自殺ばやりの紙面におそれをなしたハローくんの出場となったのでしょう。

 グランド・京都

 なまめかしい祇園の花見小路を南へゆくとグランド劇場に並んでグランドホールがある。
昔ぎおんの「都をどり」が毎春ここで行われた建物だけあって、仲々どっしりした構えである。
同じ構えの中の「プルニエ」により、ちょいと洋食で腹を作り、支配人梅宮氏の案内でオヅオヅと中に入る。
プルニエでビールでものんで軽く運動神經を刺戟しておいて入ると仲々よろしい。凡そホールへ入る心境というのもは乙なものであって、半分ばかりの期待が、かすかに聞える音楽にそそられ、半分ばかりの心がちょいと照れるというところです。
  詩も歌謠もよくするというインテリー梅宮氏の説明でホールの輪廓は大體のみこんでいるものの、六〇人餘りの可憐な(ライトのせいでみんな抒情可憐に見えます)ダンサー群がまず視野を壓(圧)する。
音楽は森川バンドと杉野バンド、會場は関西随一と称するだけあって仲々壮麗であり、何んとなく典雅でおちつきもある。
  祇園のシンボル五つだんごに型どった赤い提燈が二組天井からブラ下っている。御機嫌のハローさんにはそれが七つにも八つにも見えたらしい。
客席はずっとひろく、三段ぐらいになっていて、昔の「都おどりはよういやさあ」の面影がちょっぴり思い出される。 まずおしぼりで上氣した顔をふきます。サーヴスのビールは横眼でにらんで早速北村さんがペンをとる。私は鉛筆。
  舞台で歌謠曲がはじまる。最近ここで募集した素人の歌手の由、ゆたかな肉體だ。やっぱり肉體がゆたかだと、おん聲もゆたかなのであろう。三浦たまきさんも、ゆたかであった。外人もGIさんも日本人も誰でも入れるミックス。
ジルバを踊る外人夫妻がたのしそうだ。 ところへミスグランドの宿谷マサノさんが現われるハローさんの視線がちらと動く。 「樂しいですか?ダンスは」「ええ、氣持ちよく踊れた晩はね」「氣持ちよくっていうと……」「……………」彼女もじもじする。「おとなしくて、チップをけちけちしないお客がきた晩ですか……」 ハローくんは仲々深刻なことをいう。「いやなひとは?」「お酒をのんで酔っぱらったり、變なことをいうひと――」 日本の女性はおしなべて酔っぱらいがお嫌いらしい。皆さんも餘り可憐な女性をいぢめたり、すぐ口説いたりしてはなりません。
「オープン以来っていうと、ずいぶん長くここにお勤めですが、お好きなひと出來ましたか?」「好きなひと出來たら、ここにつとめてませんわ」 ハローくんの負けである。

  「誰か有名な人が來ますか?」「映畫関係では京都へ見えたら皆んないらっしゃいます。三船敏郎、早川雪州、森雅之さんなんかもよく見えますわ。きょうも谷崎先生見えてますのよ。裏千家の人も」「アレ、裏千家といえば……」「そこに踊っていらっしゃるでしょう」 千家さんのご兄弟で同じ本誌「京都」の編輯同人だ。
ヤアと手をあげると、これはこれはと先ず乾盃。こちらはタネとり、むこうは御清遊。ただし奇遇をよろこび合う。 千兄弟から八重さんを紹介される。これはライトのかげでなくとも、正しく純情可憐型だ。美しい瞳と理智的な顔立ちだ。
  ハローさん、みつめてばかりではいけないとごくりと初めてビールをのむ。
「踊りませんか?ハローさん!」「ええ……」もぢもぢ、うじうじ。
「ハローくんはね、今年のクリスマスから踊ろうと、目下ひそかに練習中で、公開の機にいたらんのですよ」
そのすきに千さんはあざやかなワルツ。仲々にあかぬけしたスタイルだ。ワルツもお茶の精神でおどるのか、この二人の踊りは上品でよい。板につくというのはじっさいかまぼこのおさまりだけではないのだ。
  そのうちに酒に弱い(まことに女性の酌に弱い)筆者は少し酔ってくる。
 音樂はますます夜の更けると共に佳境に入るのだが、もう一つ廻らねばならんので別れる。
  入場料は一人二五〇圓、アベック三〇〇圓、あとはチップ制の由。平均年齢二十四位。

   

 美松ダンスホール

  新京極四條上ル。グランドから小型のアベックタクシーというのでとばすと五分間ぐらい。七十圓。
ここはこの間のキジア颱風で大屋根がすっとんで、新装したので美しく再開した。二階がホール。下が社交喫茶のフラワーサロン。それに日本でも珍しい勤労者ホール。會場かんとくの大鳥さんの案内で先ず勤労者ホールをのぞく。昼間一定の職をもっている若い女性が、アルバイト半分、ダンスが好き半分で六時から九時二十分まで出勤する。ここではダンサーといわない。パートナアと称する。
 場内は清涼飲料水だけを売っている。アルコールに酔って乱暴する人は彼女らの注進によってつまみ出されるという。記者は慌ててトイレットにとび込んで うがいを試みる。まさかつまみ出されはしないだろうが、それほど清潔で、雰囲氣が清々しい。踊る方向ごとに班長さんがいて、閉場後みんな一しょに帰るという。送り狼どもをふうじるのだそうな。 そういえばパートナたちはみんな女學生上りのような少女タイプばかりだ。四〇〇人の應募者から六〇名を選んだ粒より。平均年齢は二十一ぐらいかな。 班長さんの一人、MO嬢に會う。
「いやなことは?」へたなインタビューは同じことばかりきく。 「やっぱり勤めですし、月給制ではありますが、お客なしにじっと座っているのはいやです。それに酔った人。」ハローくんと私はあわてて酔いのさめた顔をする。
「いいことあります?」「踊りが好きで入ったのですから、氣持よく踊れた夜はたのしいですわ」「好きなひと出來ますか」「いいえ、餘り個人的に仲よくしてはいけないんです。一ステージごとに相手をかへること。一人がつづけて同じ人と踊ることは許されていません。「でもあなた方も若い身空で………」「えゝ、三、四人はここで結ばれて結婚した人もありますわ。」 ハローさん、もっといたそうだったが切りあげて二階の一般ホールへ移る。

  ここの樂團は中澤壽士樂團と林二郎樂團といって名實ともに関西一を誇っている。
もう夜もおそくラストに近いせいか、みんな樂しそうに踊っている。
眞中へはいづこのホールにも見られるように、親しく相擁してあまり動かないのもいる。チークダンスという奴だよとハローくんにささやく。由來ダンスはリードする者とされるものがコン然一躰となって、調和を樂しむ所にあるので、悟りきって見れば仲々にほほえましき眺めである。
ここではみんな勿體ぶらないでダンスを樂しんでいる。

 ナンバ1嬢をよんでもらう。ここはみんな名前が地名にちなんでつけてあって、琴平さんとか、宮嶋さんとか、橋立さん、霧島さんなんて呼ぶ。踊り乍ら日本一周も出來るわけだ。去年あそんだ熱海の宿のあの娘はどうしているかな、などと思い出しながら、熱海嬢と踊るという寸法である。
水の女王會津さんに逢ふ。小原庄助さんならずとも、ほろりとする。不幸にして筆者には生々しい思い出もないので、誰とも踊らないで折からのラストバンドをききながら戸外へのがれ出た。
ここは一人二〇〇圓、アベック三〇〇圓、チケット制になっている。

             (掲載の広告は当時のものです)

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