『ハローくんのスタジオ探訪』       

北村ただし   


   

 嵐電、帷子の辻(かたびらのつじ)附近には撮影所が多い、多いといっても現在、東横、大映それに松竹太秦の三つがあるだけで日本のハリウッドとうたわれたその昔の日活、新興、第一映画(畫)、千恵藏プロ、寛プロ、マキノ、少しはなれて蠶(蚕)の社の東寶(東宝)があった頃を想い出してみると太秦界わいもずいぶん寂しくなったものである。
  それでもこの附近の大路小路でゆきあう美しいスターの姿を見ると若いボク達の胸は俄然ときめき、なんとかわくわく、心ずきずきするのを禁じ得ないのである(大げさですな)スタジオ街のある小さな喫茶店での憩いのひととき、初戀(恋)の味のする甘ずっぱい白い液體をすいながら「このカップであんがい京マチ子あたりがチュウチュウやったかも知れないね」というと「あたしのカップは池部良かなー」とララ子さんは笑う。
「さてどこから見て廻りましょう」「そうね、東横からー」 ララ子さんは「きけ、わだつみの甍」で牧見習士官になった沼田曜一に會いたいのである。何でもボクに似ているそうだ(エヘン)


東 横

 玉木宣傅部長に案内されてずうっと一巡、ジェーン嬢のヒステリーで相當な被害「女學生群」のオープンセットも吹っとんで銀座の鋪道らしいものだけが残っている。
  演技部屋をのぞいてみると時代劇の扮装のまま寝そべったり、あぐらをかいたりして電氣のくるのを待っている中に團徳麿の顔も見える。停電中で撮影が出来ないのだ。いま「旗本退屈男、七人の花嫁」の完成を急いでいる最中。市川右太衛門も顔をつくったまま、ゆかた姿でこれも電氣まち、その右太衛門氏の部屋へはいる。
  ご存じの通り右太衛門氏は千恵藏氏と共に東横の重役さん、清潔で小ぎれいな部屋の窓ぎわにある化粧鏡に向って顔をなおしているところ。「どうぞ、どうぞ」部屋に押入ったボク達の姿が鏡にうつったらしい、鏡にかるく頭を下げている右太衛門氏。
  冷たいお茶をのみながら新米のおまわりさんが戸籍調べするみたいに質問を發する。 「映畫界にはいつはいられました」「十九の時です、マキノ映畫で“黒髪地獄”をとったのが最初です」「映畫生活はもうどのくらいで」「二十六、七年になりますかな」
  これで年齢がわかる。ララ子さんはあまりにも若々しい右太衛門氏の顔をさもふしぎそうに見ている。 「どうです。時代劇と現代劇どちらがいいです」「そりゃ何といっても時代劇でー」グ問だといわんばかりに苦笑する。「こんにちまで何本くらいとりました」「いま調査をしていますが二百七、八十本ぐらいとおもいます。それで三百本記念映畫の話がでています」「右太衛門さんがいままでつきあった相手の女優の中でどの人の演技がいいと思われました」「山田五十鈴、高峰三枝子、それに岡田嘉子さんですな、岡田嘉子なんか實に立派なものでした」「どういった役がすきですか」「まあ、やくざ者、それに線の太い原田甲斐、天一坊の伊賀之亮といったところ」「快心作は―」「大村益次郎ぐらいで―」「それだけですか」「どうもそういうことは―」「最近、見られた外國映畫は―」「澤山、見るのでちょっと、思いつきませんが“獣人”なんかいいと思いました。“赤い靴”なんかも劇の内容より映畫としてこういう在り方もあるものかと感心しました」
  さすがに大スター、言葉なり態度にやわらかさがあってみじんもキザつぽさがない「となりの千恵さんは伊豆の家へ休養にいっています」と右太衛門氏の話。
  ジャンバルジャンの早川雪州氏は九州へロケ、ララ子さんが會いたい沼田曜一氏の姿も見えない。玉木氏からどっさりスチールを貰って東横をあとにする。

松竹太秦

 門の横の廣大な敷地にあるオープンセットがやはりジェ台風の暴威をうけて見るもむざんにぶっこわれている。“悲戀華”のセットでこの損害、千五百萬圓?という話である。 ステージは二棟、そのあいだにある空地に雑草のおいしげっている所が“破れ太鼓”で焼けたステージの跡。
 撮影が始まっていた。“悲戀華”の伊三の家のシーン。阪東壽三郎の伊三、その女房お久和に森川まさみ、情夫の梅吉が春日昇、お久和が梅吉のツメをきっているところへ伊三が帰ってくる。あわてて梅吉を逃がし何くわぬ顔をして夫を出むかえ「いま頃までどこへいってたの」とか何とかいって長火鉢の引出しから貯金帳を取だし「この貯金からおろしたお金どうしたの、あの女にくれてやったんでしょう」ときめつけるまでの長いワンカットテストが四、五回あっていよいよ本番、カチンコがなってシーンとする。疉の上には白墨でくねくね線が引いてあって壽三郎氏がこの線の上を歩いて芝居をする。
 ちょっと休憩、この間に森川まさみさんをつかまえる。 「時代劇に出たことあるんですか」「いいえ、これがはじめて―」「現代劇とどちらが演りよいです」「別にどちらって―ただアップの場合、現代劇の感情が出るのでそれが心配ですわ」「あなたの感じた壽三郎さんは―」「舞台の方だけにお芝居のだんどりがとてもお上手ですね」「台本を見るとあなたが水谷八重子さんをぶつところがありますね」「あれはこまりましたわ、とてもぶてなくて―原監督が水谷さんにはあとで謝りますから藝術のため、どうかぶってくださいとおっしゃるんですけど―、しかたなくかるく打って音ははたの人がご自分のひざをたたいてごまかしたのよ」
  ララ子さんはしげしげと森川さんの日本髪を見ていたが 「それ地髪ですの」「ええ、コテでのばしてゆってもらいましたの」 セットの中は暑い。だんまり屋の壽三郎氏は大きなうちわの風をうけている。春日氏はドーラン化粧の顔の汗をいくたびもタオルでおさえている。髪結さんが森川さんの頭をなおしている。 「下鴨が今年中にこちらへ引越してくる豫定でだいぶ賑やかになります。その時はまたどうぞおこしください」 案内役の青山管理課長におくられて次は大映へ―

 

大 映

 清潔で廣い宣傅部。冷たいコーヒを飲んでいるところへ肥った東路宣傅部長が姿を見せる。 「いま停電でしてね、七時過ぎから吉村組の“戦火の果て”と安田組の“虚無僧屋敷”のセットが始まりますからどうぞ―」
  ここも台風の痛手が大きい“戦火の果て”の白鯨亭のオープンセットがメチャクチャに破壊されていて、そのあと片付けに大わらわ。地面のまっ黒な所が先日、焼けたステージの跡、所内の方々に取り付けられている擴聲器(拡声)から「危険な場所における煙草は絶對お止めください。また火氣のとりあつかいには―」と注意の聲がしきり。
  “戦火の果て”のセットをのぞいてみる。こり性の吉村公三郎だけにこの酒場の小道具には恐れいる。ずいぶんゴタゴタといろんな物をあつめたものである。モジャモジャの髪をした森雅之が煙草をすうところ。「マッチをすって煙草に火をつける。一ぷくすってはき出し、ちょっとうなだれる―」と吉村監督。テスト。「そう、その感じでいきましょう」カチンコがなる。本番。しかし助監督の影がビール瓶にうつったとかうつらんとかでこれはとりなおし。 「虚無僧屋敷を見ましょうよ」
  ララ子さん、暑いのでまいったらしい。外へ出る。日が暮れてもうまっ暗。入口の附近で四、五人の黒い影が集って何かボソボソ話しあっている。 「水戸光子に東山千榮子、瀧澤修に藤原釜足です。宇野重吉もいるようですね」
  美術部の神田氏の話。 すわこそ、どなたにインタビュー。いずれがアヤメ、カキツバタ、迷うのも無理がないというところ(でしょう)「水戸さんからお願いしたらどう?」ララ子さんは水戸光子のファン。それではとはりきったトタン、 「みなさん、はいってください」と中からの聲。シュンと氣がぬけて、しばしつっ立ったまま。みんながゾロゾロステージへすいこまれるのを見送り闇の中を第五ステージへ。
  八坂の塔を背景に石疉(畳)のある山手の場面、ずうっと奥の山かげから寛壽郎が何かを背負って足駄の音もたかく出て来る。そのあとから美奈川麗子が「待ってくださいな―」と追っかけてくるところ。セット一面には水が打ってあり、廣い入口があけっぱなしだけにこのステージは涼しい。 「今夜、十二時でこの映畫の撮影は全部、おわります」と安田監督の話。 さて、わりあてられた紙数もつきたので、ボク達のスタジオ訪問記もこれでおわるということにしましょう。 (著者・漫画家・夕刊京都連載)

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